
Tidbit
スクラップブック
古書店で買った『Whisky Voice』
ひさしぶりに古本屋に行って、紙の本を買った。千円くらいまでという予算を決めていたから、買えて一冊か二冊。いろいろ見て回って選んだのがこの本だった。『ウイスキーヴォイス』の二冊セットで、値段はちょうど千円とある。装丁と紙質がよさそうだったので、どんな本かも知らずにこれに決めた。帰ってから封を解くと、サントリー発行とある。ああ、そういや帯にもちゃんと「サントリー」と書いてあった。ということは、開高健や柳原良平がその制作にかかわった、あの『洋酒天国』の流れをくむサントリーのPR誌ということか。内容は、酒場のバーテンダーや店主の話がたくさん載っていて、それに著名な作家さんのエッセイや、ウイスキーを中心にした酒にまつわるコラムが加わる。ヨウテンほどの奔放さはないが、もっと酒場とそこに携わる人たちに焦点を当てた、NHK『ラジオ深夜便』のような穏やかで質朴な内容。力を抜いて、それこそ誰かとの待ち合わせの時間がくるまで、バーで軽く飲みながら読むのにちょうどいい。まあ私はそういう洒落た時間の使い方をしたことがないし、人前で、しかもアルコールが入りつつの読書などできそうにないが。
残念なことに私はウイスキーの味にくわしくない。居酒屋で角ハイを飲んで、そのあとスナックで白州のソーダ割りを飲めば、そこはちゃんとちがいはわかるし、あ、こっちのほうが高級だなってのも判別できる。イチローズモルトという話題の国産ウイスキーを出されたときも、よくわからないが尊い感じの味だった。だけれど、そのへんの味覚も怪しくて、いいウイスキーを出されたときは少し緊張する。

こんなことがあった。
友人のテツさんとほかに何人かで旅行をしたとき、テツさんが夜の宴会用にとウイスキーを持ってきてくれた。それがニッカの竹鶴のプレミアものかなんかで、私はよく知らないが、ほとんど手に入らないウイスキーなのだそうだ。娘さんがニッカの宮城峡蒸溜所に勤めているので、その伝手(つて)で入手できたらしい。夕飯が終わって風呂に浸かって、それから二次会が始まると、まずビールを飲んでから、いよいよ竹鶴の登場となった。みんな高級ウイスキーなどはじめてだし、人のおごりで高い酒が飲めるなんてこんないいことはないとばかりに「テツさん、さすがだなー」なんて言いながら、するすると飲み進んでいく。味がやっぱりそのへんのハイボールとはちがうな、なんてわかったような顔をして先を競いながら、ほとんど一時間もしないうちに竹鶴の瓶は空になってしまった。
それから二ヶ月も経ったある日、私はまたテツさんと二人で飲む機会があった。飲みはじめてほどよく酒がまわったころ、「そういえば、あのときの、ほらこのあいだみんなで鶴岡に行ったとき。テツさんがご馳走してくれた竹鶴はやっぱりこれとはちがったね、ぜんぜんちがう」と私は自分が注文したハイボールを指しながら言った。テツさんはおもしろくもないような顔をして、けれどちょっと笑いをこらえながら、「バカ、おめえ。あれブラックニッカだって。ビンだけ竹鶴、中身はブラックニッカ。べつにだますつもりもなかったけどよ、君たちがあんまりうめえうめえなんて騒ぐもんだから、おれもほんとのこと言えなくてさ」とはにかんでいる。私は、ウソでしょ、ちゃんと味ちがったよ、と言っても「いや、あれはブラックニッカ。そんな高え酒ばかすか飲ませるわけねえだろ」とテツさんは涼しい顔でタバコを吸いはじめた。
そんなことがあってから、私は酒場で、いくらいいウイスキーを友人にすすめられても、自分はわからないからと、なるべく別の酒を飲むようにしている。日本酒ならぜったいに自信があるのだが、ウイスキーはどうにも私の手には負えないのだ。
※本稿の写真は著作権の関係もあるので、買ったときのカバーをしたまま撮影しました。
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公開日:
田口宏幸 Hiroyuki Taguchi
サイトの運営、制作等のバックオフィス。ときどき記事の作成もしています。
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