朝晩の寒さが切ない、10月の空の下で…

Etojitophoto

An adventure of words, a labyrinth of design.

「Our Current Mood …」を聴きながら

Think

けれどあなたが喜びそうなことは何ひとつ書けない

「Our Current Mood …」を聴きながら

 二十代から三十代のころは猛烈というくらいにたくさんのCDを買った。この歌手が好きだとかこのアルバムが聴きたいとかそういう純粋な理由じゃないことはたしかで、どうしてそんなに買い漁る必要があったのか自分でもよくわからない。

 音源をうちに揃えておくことが目的だったのか、買うこと自体が趣味になっていたのか、音楽好きであるフリをして誰かに見せびらかそうとしたのか、たぶんそんなところだと思う。

 考えてみればとてもつまらない時間と金の浪費をしたものだ。CDを買うと楽しい気分になるかというとそうでもないし、なんの義務なのか務めなのか、何かの代償行為なのか、それもよくわからない。よくよくつまらない話である。

 そうやって買い込んだCDたちはそのままになって、封も開けられず、聴かれもしない。棚に並んでホコリをかぶって、何年かするとそのうち存在自体が忘れられてしまう。

 このあいだ大きな地震がきて棚が倒れ、床に何百枚というCDがぶちまけられた。元どおりにするために一枚一枚ケースが割れていないかを確かめていたら、そんな未開封のCDがたくさん出てきた。聴かれもせず、存在を忘れられたCDたちは地震によってやっと日の目を見ることができたわけだ。

 それでざくっとひとつかみ、いわゆるシールドの状態で眠っていたCDから曲を選んでプレイリストをつくってみた。一枚のCDにつき一曲というルールをつくって選曲をはじめたのだが、どうしても絞りきれないものが一枚だけあった。どちらもほんとうにいい曲だし、若い方々でこの歌手のことを知らない人にも聴いてもらいたいと思ったので、そこだけは二曲にさせてもらった。こういう言い方をすると聴いていただく方にはとても失礼だが、ここで奏でられる音楽たちは、まだ若かったわたしが虚勢をはって生きていたころの足跡であり、浪費がもたらした偶然の産物でもある。音楽はわたしに何を残したのだろうか。この歳になってもまだわからない。

 ただ音楽家と音楽には罪はない。曲はどれも素晴らしいものばかりです。ここからは各曲の説明に入りたいと思います。ただしガイドブックのような解説ではありません。あくまでその曲に対するわたしの個人的な思い入れです。


 一曲目はジョー・サウスの『REAL THING』(1972年)。外装の袋に貼ってある値段のシールには2000年10月14日の日付があって「JEUGIA」という店の名前が印字されている。そのころわたしは京都に住んでいて、よくこのCDショップの二階で洋楽のCDを買っていた。

 『ミラー・オブ・ヒズ・マインド~アンソロジー』というタイトルのコンピレーションだが、輸入盤に日本語の帯と解説をつけて販売したものである。ジョー・サウスという人については、当時、ほとんど何も知らなかったはずだ。たぶん帯に説明がある『ハッシュ』という曲を聴いたことがあるのでとりあえず買ってみたのだろう。そういう買い方をするとだいたい未開封で終わる。『REAL THING』を選んだのは、昨日いろいろ聴いてみて、これがもっとも自分の好みに近かったから。歌詞はグーグルの翻訳機能を試してみたのだが、ぜんぜん意味不明だった。

 二曲目はk.d.ラングのカヴァーアルバム『ヒムズ・オブ・ザ・フォーティーナインス・パラレル』(2004年)からニール・ヤングの『ヘルプレス』。このアルバムだけ一曲に絞ることができなかった。前半は二曲あるうちのまずは一曲目を。大学生のころクロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングのアルバムで聴いたのが最初だったけれど、まったくよさがわからなかった。寂しげで抑揚のないメロディ、「無力だ」と繰り返される歌詞。三十代はザ・バンドの『ラスト・ワルツ』で。それでもよくわからない。四十代後半になってマッセイホールのライブ盤で歌っているのを聴いて、はじめてこの曲が心に沁みてきた。自分も歳をとったんだなと切なくなった。しかしk.d.ラングはほんとうに歌がうまいですね。この声の美しさで選んでしまったようなものだ。

 三曲目はアンディ・フェアウェザー・ロウの『Wide Eyed And Legless』(1975年)。この人については、六十年代にエイメン・コーナーというバンドをやっていたときの曲を山下達郎さんのラジオ番組で聴いたことがあった。けれどそれっきりで、その後のことなんて気にもかけていなかった。そしたら九〇年代にクラプトンのアンプラグドが流行ったときに横でギター弾いている人がアンディだよと誰かに教えられて、えーまさか!となったのを覚えている。どうしてソロ時代のアルバム三枚を詰め込んだ輸入盤がうちにあるのかというと、ヴァレリー・カーターの『ランデブー』という曲がけっこう好きで、その作者であり元歌であるアンディの『Da Doo Rendezvous』が入ったソロアルバムを探していたのが最初だった。そのころはネットで買うという習慣がまだなくて、CDはすべてお店に行って現物を買う時代だった。ところが仙台の外盤屋さんにはこういうマイナーなCDは置いていない。だから会社の研修か何かで東京に行ったときに、いっしょに行った同僚たちとは別行動をして、無理やり渋谷のタワーレコードに行ってこれを見つけた。そのときはうれしくて勝利の笑いが止まらなかったを思い出す。で、じゃあなぜ選曲は『Da Doo Rendezvous』じゃないのかというと、Apple Musicにはこの曲がなかったという単純な理由から。それで代わりを探すために昨日何曲か聴いていて、いちばん好みの曲だったのがこれ。今回はちょっと重めの曲が多いなかで、歌詞の内容は深刻そうだけど、曲調だけはリラックスしています。

 四曲目はダニー・ハサウェイの『VALDEZ IN THE COUNTRY』(1973年)。『愛と自由を求めて』というアルバムもどうして買ったのか覚えていない一枚。予想するにハサウェイのファースト、セカンド、それとライブ盤しかもっていなかったので、とりあえず揃えておこうというだけの理由で買ったのだと思う。そういうのは例に漏れず、だいたい買うだけ買ってそれでおしまいというパターンになる。ダニー・ハサウェイはライブ盤の印象が強いので、スタジオ盤はそのぶん割りを食ってるような気がする。この曲を選んだのもライブ盤『ソングス・フォー・ユー LIVE!』で聴いていて、いちばん耳になじんでいたからというがっかりな理由から。でも好きな曲であることに偽りはありません。

 五曲目はジョー・コッカーの『Honky Tonk Women』(1970年)で、これもどうして買ったのかわからない『Mad Dogs & Englishmen』から。外盤で1,289円のシールが貼られているから、これもとりあえず安いから買っとけという基礎教材としての買い物だったんだろうね。

 この曲はストーンズの大ヒットシングルのカバーだけど、わたしはあまりストーンズ教にハマらなかった人間なので、ストーンズ番付ではどれくらいの名曲度であるのかはよく知らない。『メインストリートのならず者』までしか聴いていないわたしだが、不動の一位は誰がなんて言おうと『レット・イット・ブリード』。今回これを選曲したのも、レット…に入っている『ホンキートンク』の姉妹曲だし、他の曲よりも各楽器の音がよく聴こえている気がしたので。きちんと『Mad Dogs & Englishmen』を理解している人からすれば、ほんとうはどの曲を選ぶべきだったのか。そういうところが不安になる。

 言いたいことが多すぎてだいぶ長くなってしまいました。なので六曲目からはまた次回ということで。あと、曲名のアルファベットが大文字だけのものと、小文字も混ざっているものがありますが、それはすべてアルバムジャケットの表記に合わせています。それではまた。

Tags

公開日:

2026/10/13

田口宏幸 Hiroyuki Taguchi

サイトの運営、制作等のバックオフィス。ときどき記事の作成もしています。

Related Article

2026/10/13

追悼、keepの消しゴム

けれどあなたが喜びそうなことは何ひとつ書けない 「keep」の消しゴムが全国の売り場から近々姿を消すことになった。製造元である文房具の製造・卸売業者、株式会社ホシヤが今年七月に事業...

2026/10/13

ドラゴングリーンと緑色への偏愛

 クリームソーダ、仮面ライダーアマゾン、高校のころに買ってもらったVANのスタジャン、オオカマキリ、競馬開催初日のターフ、ライムサワー、ショウリョウバッタ、誕生日にもらった煙草入れ...

2026/10/13

路地裏と赤い服の女

撮り残された写真たち 「エモい」という言葉をネットで検索してトップに表示されたのが「フジフイルムスクエア」という富士フイルムが運営する写真ギャラリーサイトだった。そこにはまず「エモ...

English version of "Etojitophoto"

Online Store

News

Featured

Scrapbook

2026/10/14

空色のレコードショップ

 三十年近く前に北陸を回ったときに立ち寄った、とある町にあるレコード屋さんの写真。「とある」というのはべつに伏せているわけではなくて、どこの町だったのか忘れてしまっただけのことである。おそら...

2026/10/14

秋田県湯沢市 竹野屋のマドレーヌ

 『えとじとふぉとのほん』(特別編集版 第1号・第2号合冊号)に収録した「チュイールの豆図鑑」のなかで、秋田県湯沢市にある竹野屋というお店のチュイールを紹介している。その最後のところで私はこ...

2026/10/14

これは今でもあるのか問題

 これはコロナなんてなかった時代の古い写真である。 蛇口の右手に見えるのは「うがい器」というもので、人間ドックを受診したときに病院の洗面所で見つけたものだ。洗面台に直接取り付けてあるのがめず...

2026/10/14

モノクロ写真のリンゴ

 はじめて買ったカメラで撮った、はじめてのモノクロフィルムによる写真。松たか子さんが表紙になったマニュアルカメラの指南本を読んで、ニコンのFGというカメラと標準レンズを中古で買ったのが最初だ...

2026/10/14

The Toilet That Takes Guts

  I found this restroom along a walking path lined with trees. A bird is perched on a tree...

2026/10/14

FUJITSUの卓上クリーナー

 この卓上クリーナー、FUJITSU製ですよ。FUJITSUって、そう、あの富士通です。実家の机の引き出しを開けたら、これがあって、そういや中学だか高校のとき、消しゴムのカスを床に落とすなと...

2026/10/13

観音様、背後をとられる

 仙台大観音は多くの人が知っている巨大な観音様だが、正面か真下から見上げる写真が一般的である。おそらく観音様も背後をとられる(文字どおり撮られる)のは心外だろうが、こうして建物越しに眺めたほ...

Tags

Topics

連載旅行記

『五月に山を降りる』

連載旅行記

『五月に山を降りる』

モノを捨てるのが苦手なんだ

僕はモノを捨てるのが苦手なんだ

世代を超えて愛される永遠の定番

Latest Issue

デジタルブックレット『swirl』
好評販売中!

最新号の内容はこちらから

Series

Playlist

This month's pick

This is salted salmon. It is the most popular breakfast dish in Japan. It is also a classic filling for rice balls. In Akita Prefecture, it is known locally as “bodakko.” The variety with an exceptionally strong saltiness is particularly beloved as a local specialty.